理想の自分と出合う。自分探しの方法が、ここにあります。

「自己変革3つのステップ」

2011年11月15日

食事のマナー

 ■結婚ためらう食事マナー   読売新聞・人生案内より


  今日は、人生相談からです。


  相談者は、30代前半の女性。

  最近プロポーズされた男性についての相談です。



  2年ほど交際している同年代の男性ですが、
  食事マナーが気になるのだそうです。


  食べるときに口を開けて
  クチャクチャと音を立てるのだとか。


  結婚を意識しながら付き合ってきたものの、
  返事をためらってしまうようです。


  最近はなるべく、食事を済ませてから
  会うようにしていたそうです。


  でも結婚すれば、そうすることもできません。


  過去に一度、
  やんわりと注意したことはあるそうです。


  でも本人がマナーを意識していないようで、
  改善されなかったとか。


  あまり強く言って
  関係がおかしくなるのも嫌なので、
  どう伝えれば傷つけずに改善させられるか
  という相談です。



  回答者の最相葉月さんは、
  自身の箸使いのエピソードを話します。


  家人に矯正されるまで間違っていて、
  その原因は台湾から引き上げてきた
  両親にあったと。


  さんざん笑われていたことを思うと恥ずかしいが、
  両親を責める気にはなれないと言います。


  恥をかかないよう注意してくれた家人には、
  感謝しているそうです。


  このように、マナーを強制することは
  相手を傷つけることではなく、
  むしろ傷つけないようにするためだと説明します。


  マナーを知らずに他人から笑われる彼の姿を
  想像すると悲しくなるはず。


  愛すればこその忠告だと。


  その思いで伝えれば、
  きっと受け入れてくれるはずとアドバイスします。



  みごとに常識のレトリックにひかかった
  アドバイスと申し上げる他ありません。


  マナーとは、要は暗黙のルールのようなもの。


  その本質は、相手への思いやりです。


  ルールを定めるとルールがひとり歩きをし、
  ルール最優先になってしまいます。


  ルールの本質にある「思いやる心」を置き忘れて。



  まずこの相談には、3つの大きな過ちがあります。


  まず第1に、正直に彼に話ができないことです。


  結婚を考える相手に、どうして言えないのですか?


  おそらくそれは
  失うことへの恐れ(不安)でしょう。


  その恐れが自分を縛り付け、
  自分らしく生きる自由を奪っています。


  依存からは本物の愛は生まれません。



  第2に、彼の食べ方が絶対的に正しくないという
  決め付け
です。


  どうしてクチャクチャと音を立てて食べては
  いけないのですか?


  たとえば他の国の人は、日本人がラーメンなど
  すすって食べるのを嫌います。


  日本の常識は必ずしも世界の常識ではありません。


  クチャクチャ音を立てるのを
  汚いと考える人もいれば、
  美味しそうに食べていると思う人も
  いるかもしれません。


  考え方や感じ方は、人ぞれぞれなのです。


  大多数の人がそれを好まないかもしれない。


  そのことを受け入れることは重要ですが、
  だからといってそれが
  間違っていることではないのです。



  第3に、彼の行動を
  矯正しようとしている
ことです。


  いつも言うように、
  他人を変えることはできません。


  他人は、自ら変わろうとしたときにだけ
  変わるのです。


  これはすなわち、変わるかどうかを
  彼自身に任せなさい
ということです。



  彼の食べ方が生理的に好きじゃないとしたら、
  その気持はわかります。


  そして、そう感じることは相談者の自由です。


  なぜそう感じるのかを追求して、
  原因を探し、相談者自身がそう感じないように
  自らを改めることもできるでしょう。


  また、彼に相談者の感じ方を正直に伝え、
  結婚してもその食べ方は見たくないから、
  食事は別々で良いかと尋ねることもできます。


  結婚したら、絶対に食事を
  一緒にしなければならないのですか?


  「申し訳ないけど」と許しを請うて、
  彼に譲歩を願うのです。


  彼がそれを認めないなら、
  結婚を諦めるか、それとも自分が折れて
  彼の食べ方を受け入れるかの、
  どちらかしかないでしょう。


  執着さえなければ、簡単な選択ですよ。



  彼を愛することにするなら、
  彼のすべてを受け入れることです。


  その中には嫌な部分もあるでしょうけど、
  それを含めて全てを受け入れてこそ愛です。


  彼が見せる嫌なものの中に、
  自分が成長するためのきっかけが
  含まれているかもしれません。


  それがわかれば、どんなものも贈物
  ありがたく受け入れられると思います。



  それができないのなら、自分はまだ
  人を愛せないのだと自覚すべきでしょうね。


  本気で愛せる人間になりたいなら、
  それに気づかせてくれた彼に感謝すべきでしょう。


  何もいっぺんに
  最高の自分に到達しなくて良いのです。


  気が済むまで現状の自分を味わい、
  変えたい部分を変えながら、
  自分らしい理想の自分へと近づくこと。


  それが人生なのです。



posted by ジャンメダイ at 18:04| Comment(0) | メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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