理想の自分と出合う。自分探しの方法が、ここにあります。

「自己変革3つのステップ」

2011年03月09日

性同一性障害

 ■自己変革3つのステップ   オフィシャルWEBサイトより


  今日は、私の考え方についてお話ししましょう。



  「性同一性障害」という言葉を聞くようになって、
  同性愛者に対する偏見が多少やわらいだように思います。


  でも、その多くが「性同一性障害」を病気ととらえ、
  「病気ならしょうがないね」という見方です。


  「病気=自分の意に反したどうしようもないこと」


  故意でないのだから、認めてあげようという発想です。


  それって、どこかおかしくないですか?



  まず、「性同一性障害」が病気かどうかです。


  病気というのは、まず健康な状態というのがあって、
  そこからはずれた状態のことを言います。


  つまり生物的に男性なら、男性らしくするのが正常。


  そこからはずれているから病気というわけです。



  しかしこれは、医学的にはまだ解明されていません。


  つまり、何がどう異常であるために、
  生物的な性と心理的な性が乖離するのかわからないのです。


  わからないということは、
  それが間違っているとも言えないはず。


  単に一致する人が大多数なため、
  一致しない人を異常と言っているだけなのです。



  厳密的に言うと、性指向を表す同性愛と
  性同一性障害とは別のものです。


  ただ多くの人は、同じように見ています。


  自分たちとは違う、理解できない人々。


  そういう考えで、一括りにしているのです。



  私は、性同一性障害も同性愛も個性だと思っています。


  よく「障害は個性だ」という言葉を耳にしますが、
  それと同様です。


  すべての人が、統計的な大多数と同じでなければならないと、
  いったい誰が決めたのでしょうか?


  それこそが横暴であり、わがままな発想ではありませんか?



  映画を見ると、人間とはかけ離れた姿の登場人物が、
  人間のように振舞うものが数多くあります。


  あれなども最初は、違和感を感じる人が多かったでしょう。


  でも慣れてしまえば、たいしたことではなくなります。


  それと同じで、性同一性障害であっても、
  慣れてしまえばどうってこともなくなります。



  障害や病気などで見た目が一般の人と異なる人が、
  世の中にはけっこういるものです。


  先日、タイの少女がギネスに認定されました。


  体毛が最も多い人に選ばれたのです。


  写真を見ると、顔面はゴリラのように毛むくじゃら。


  それでもその少女は、
  世界一に選ばれて嬉しいとコメントしていました。


  同級生たちも、最初は違和感があったけど、
  慣れたらどうってことないと言っているようです。



  他の人と違うということに対して、
  毛嫌いする人がいます。


  無性にそれに反応してしまうのです。


  どうしてだか、わかりますか?



  それは、多数派に属することで安心したいからです。


  裏を返せば、不安でたまらないからです。


  相手を拒否し、批判や非難をする人は、
  不安で不安でたまらない人。


  自分に自信が持てない人なのです。


  かわいそうなのは、いったいどっちでしょうか?



  違いがあることに、もっと慣れませんか?


  そうすれば違いを、個性と考えられるようになります。


  もっと自分が自由になれるし、
  生きることが楽で楽しくなりますよ。



posted by ジャンメダイ at 21:10| Comment(0) | メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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