理想の自分と出合う。自分探しの方法が、ここにあります。

「自己変革3つのステップ」

2010年11月24日

他人の自由を奪うこと

 ■淫らな社交の場と化した温泉郷   産経新聞・衝撃事件の核心より


  今日は、新聞報道からです。


  産経新聞の「衝撃事件の核心」の記事です。


  10月9日の夜の逮捕劇を報じています。


  香川県の温泉町のコテージで、男女53人が集まって、
  乱交パーティーをしていたそうです。


  そこに捜査員80人が踏み込んで、
  公然わいせつなどの容疑で数人を逮捕しました。


  性行為をしていたカップル4人が、公然わいせつ容疑です。


  そしてそのパーティーの運営に関わっていた4人が、
  公然わいせつ幇助(ほうじょ)の容疑です。


  参加者のほとんどが参考人として事情聴取を受けるだけで、
  捜査員は、踏み込むタイミングが早すぎたと言ったとか。


  こうした乱交パーティーが、薬物の使用や反社会的組織の関与、
  または売買春につながるケースがあると記事は指摘します。


  しかしこのパーティーでは、飲み物もノンアルコールで、
  儲けを度外視して、純然に乱交を楽しむものだったとか。


  事件の報道を新聞で知ったロッジ事務所では、
  「50人もロッジに入るなんて」と驚いたと、書かれています。


  最後にこの記事の記者は、弘法大師ゆかりの由緒ある町を、
  悪い意味で有名にしてしまったと書いています。


  パーティー運営者の被告が、
  法定でどんな反省の言葉を口にするのだろうかと、
  被告の道義的責任を問う言葉で記事を締めくくります。



  私はこの記事を読んで、とても違和感を感じました。


  それは、このパーティーの参加者たちの何が悪いとされるのか、
  理解できなかったからです。


  「乱交パーティー = 悪い」


  そう感じる方には、
  私の疑問はすぐに理解できないかもしれません。


  でも、よくよく考えてみてほしいのです。



  「公然わいせつ」とは、いったいどんな犯罪なのでしょうか?


  「公然とわいせつな行為」をした者を対象とします。


  「公然」とは、不特定多数の人が見聞きできる状態のことです。


  「わいせつ」とは、羞恥心を害したり、性欲を刺激したり、
  善良な性的同義観念に反することとされています。



  では、今回の乱交パーティーなるものが、
  本当に「公然わいせつ」の対象となるのでしょうか?


  まず「わいせつ」ですが、
  性行為が「わいせつ」行為になるのでしょうね。


  性欲が刺激されることは間違いありません。


  「乱交」はどうでしょうか?


  善良な性的同義観念に反するかもしれません。


  このことについては、またあとで問題提起します。



  しかし、「わいせつ」だけでは「公然わいせつ」にはなりません。


  公園で裸になれば「公然わいせつ」ですけど、
  大衆浴場で裸になっても、そうではありませんから。


  「公然」が今回のパーティーに適用されるかどうかです。



  どうして「公然」が問題になるかというと、
  1つには、そういうものを見聞きしたくない人もいるからです。


  だから公園で裸はダメでも、大衆浴場ではOKになるのです。


  わざわざ大衆浴場へ行って、「他人の裸は見たくない」などと
  主張する人はいませんからね。


  だとしたら、同好者だけがそうと知って密室に集まったのに、
  どうしてそこが「公然」になるのでしょうか?



  これについては、いろいろと調べましたけど、
  よくわかりません。


  ただ、ストリップ劇場での本番行為を処罰するためには、
  仮に集まっている人たちがそういう行為を許容していても、
  取り締まれなければならない事情があるようです。


  つまり、第三者にわいせつ行為を意図的に見聞きさせることは、
  どうしても処罰したい。


  そういう意図が透けて見えます。



  では、どうして第三者にわいせつ行為を見聞きさせることが、
  処罰すべきことなのでしょう?


  質問を変えましょう。


  性行為の相手に対して、わいせつ行為を見聞きさせることは、
  どうして処罰されなくて良いのでしょう?



  では、もう一つの問題提起をしましょう。


  「公然」ではなくても、「わいせつ」だからダメ。


  おそらく、そう思っているのではないでしょうか?


  特に、「善良な性的同義観念に反する」からダメなのだと。



  ではお尋ねします。


  「善良な性的同義観念」とは、誰が決めたのですか?


  またそれは、どういうことですか?



  成人男女2人の性行為であれば、
  「善良な性的同義観念」にかなうのでしょうか?


  3人による性交、いわゆる3Pは反するのですか?


  アブノーマルと言われるものは、反するのでしょうか?


  SM行為はどうですか?男同士は、女同士はどうですか?


  ではさらに、そういう行為のどこに問題があるのですか?



  あなたは、それが嫌いかもしれない。


  見たくも聞きたくもないかもしれない。


  でもそのために、他人がそれを楽しむ権利を、
  どうして奪う必要があるのですか?


  アブノーマルなセックスを許容すると、
  社会が崩壊するのでしょうか?


  その根拠がありますか?



  もしあなたが上記の質問に明快に答えられないのに、
  やはり処罰すべきだと思うのなら、私はこう言いましょう。


  「だからあなたは幸せになれないのです。」


  他人の好みにさえ口出しをして、
  他人を意のままに動かしたくて仕方ないのでしょうから。


  他人を罪に貶めてまで、他人を変えたいのでしょう?


  そのあなたの強い思いが、自分自身に跳ね返っているのです。


  他人の自由を奪いたいという思いが、
  あなたの自由を奪っています。



  人間の本性は自由です。


  それなのに自分で自分の自由を奪っている。


  それで苦しくないわけがないでしょう。


  そういうのを、自業自得と呼ぶのです。



  自分が欲するものを、他人に与えなさい。


  そうすればそれは、
  何倍にもなって自分のところへ返ってきます。


  自由になりたいなら自由を、幸せになりたいなら幸せを、
  他人に与えるべきなのです。



posted by ジャンメダイ at 21:59| Comment(0) | メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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