理想の自分と出合う。自分探しの方法が、ここにあります。

「自己変革3つのステップ」

2010年06月02日

為すべきことを為す

 ■「一燈照隅、万燈照国」   安岡正篤著・一日一言より


  今日は、私の座右の銘を紹介します。


  座右の銘というのは、その人の生き方や、何か決断するときの
  指針となる言葉です。

  私の座右の銘のひとつは、
  安岡正篤(やすおか・まさひろ)氏の言葉です。


  「一燈照隅、万燈照国」


  比叡山延暦寺を開いた伝教大師、最澄の言葉という説もあります。
  また、安岡氏は「一燈照隅・萬燈遍照」と言ったという説も。

  ただ少なくとも、私が読んだ同氏の著書「一日一言」には、
  たしか「一燈照隅、万燈照国」とあったと記憶しています。

安岡正篤一日一言

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  私が安岡氏のことを知ったのは、25歳くらいの頃だったでしょうか。

  よく本を読んでいましたが、歴代宰相のご意見番だったという話に
  興味を持って、同氏の本を読み始めました。

  ちょうど平成に変わった頃、その元号の選定にも関わっていたと、
  あとで知りました。

  陽明学者と言われますが、そればかりではなかったようです。
  広く古典に通じ、政治家や経済界にも大きな影響を与えた方です。


  生き方を模索していた私にとって、こんなすごい人がいたのかと
  驚きながら何冊かの本をたて続けに読みました。

  それらの中で、最も印象に残っているのがこの言葉です。

  意味は、一つの燈明は一隅を照らすのみだが、
  それがいくつも集まれば、国中を照らすことになるというものです。


  「千里の道も一歩から」という格言に近いものかもしれません。
  「水滴は岩をも穿つ(うがつ)」も、似たような格言かもしれません。

  一個人でできることはわずかなことですが、
  そのわずかなことが集まれば、大きなことができます。

  中国の古典「荘子」にも、「愚公山を移す」という
  似たような話があります。


  いずれも、その一つひとつの行為は微細で、
  大勢に何の影響もないように見えても、
  信念を持ってやり続けていれば、いつかは成就する
  ということだと思います。


  「あなた一人がそんなことをやっても、
   社会全体には何の影響もない。」

  そう批判する人はいるかもしれません。
  でも、まずは一人から始まるというのも真実です。


  「自ら省みて直くんば、千万人といえども我行かん。」

  これも中国の古典、孟子にある言葉です。

  成せるかどうかが問題なのではなく、
  為さねばならぬことかどうかが問題なのです。


  福沢諭吉の批判に対して、「行蔵は我に存す」と言い切った
  勝海舟も、自分自身の中に判断基準を持っていたのでしょう。

  それがどんなに取るに足らないことだったとしても、
  やらなければならないと自分で判断したならやり続ける。

  そういう生き方をしたいと思っています。


posted by ジャンメダイ at 19:57| Comment(0) | メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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