理想の自分と出合う。自分探しの方法が、ここにあります。

「自己変革3つのステップ」

2011年10月28日

根拠のない自信を作る

 ■自己変革3つのステップ   オフィシャルWEBサイトより


  今日は、私の考え方についてお話ししましょう。



  「根拠のない自信」という言葉を、
  あちこちで見かけるようになりました。


  ※参考:「根拠のない自信」


  中には悪い意味で使う人もいるようです。


  たとえば、口先だけで大法螺を吹くような人のことを
  指し示す場合など。


  でもそれは嘘つきとか
  ホラ吹きと呼ばれるものです。


  本当の意味での根拠のない自信とは、
  「できるかどうかは、やってみなきゃわからない」
  という姿勢に表れます。


  「できます」と言って挑戦して
  できなかった場合でも、ただでは転びません。


  必ず何かを得て、次はできるようになるのです。



  特に内向的でネガティブな人は、
  根拠のない自信を持つことをお勧めします。


  と言うより、それを持たないと変わりません。


  では、どうすれば
  根拠のない自信を持てるのでしょうか?


  以前の記事では「不安をなくす」こと
  と書きました。


  今回はそれを、別の視点からみてみましょう。



  人生は、何が起こるかわからないものです。


  どんなに期待しても、
  それがかなわないことは多々あります。


  また逆に、起きてほしくないことが
  起こることも多いでしょう。


  「人間万事塞翁が馬」という故事が
  示すとおりです。


  ※参考:「人間万事塞翁が馬」


  「禍福は糾える縄の如し」とも言いますね。


  良いことも悪いことも、起こるのが人生なのです。



  しかし、一見良いことに見える出来事の中に、
  悪いことの芽も潜んでいます。


  たとえば宝くじで大金を得たとしましょう。


  それは良いことですが、
  それによって家族が争い合って
  バラバラになってしまうこともあるでしょう。


  だとすれば、宝くじに当たることは
  完全に良いこととは言えませんよね。


  その逆も同様です。



  こういうことを考えたとき、
  ふとのことを思いつきました。


  この世の究極の姿は太極です。


  太極は陰と陽からなり、陰の中にも陽があり、
  陽の中にも陰が含まれるのです。


  韓国の国旗が、
  それを示す太極旗になっていますので、
  その図をイメージするとわかるでしょう。



  太極とは、中立です。ニュートラルです。


  それが分かれて陽が生まれると、
  バランスをとるために陰が必要となります。


  つまり、陰陽はバランス関係にあるのです。


  どちらか一方だけでは成立しません。



  この世は、その太極が陰陽に分化して現れたもの。


  総合的にはニュートラルですが、
  見た目には陽であったり陰であったりします。


  でも陽と見える中にも陰があり、
  陰と見える中にも陽があるのです。



  もし見た目にとらわれず、本来の
  中立の姿を見抜いたらどうなるでしょうか?


  人生に起こる出来事はニュートラルです。


  それを陽と見ることもできるし、
  陰と見ることもできます。


  そして人生は、私たちに必要な体験を
  させてくれる場でもあります。


  私たちは自分らしさを体験するために
  この世に生まれてきた
のです。


  そうだとすれば、総合的に悪い出来事など
  有り得るでしょうか?



  病気になったことを
  悪いことと見ることもできます。


  しかしそれによって、人生を深く
  考えられるようになるかもしれません。


  「そのために病気という出来事が
   あなたに訪れたのだよ。」


  人生は、そう語りかけるでしょう。



  もっと自分の人生を信じて、
  その懐に飛び込んでみましょう。


  なあに、しょせん裸一貫で生まれてきたのです。


  最悪、身ひとつで
  死ぬだけのことではありませんか。


  それに幸いにも、
  人は誰も一度は死ぬ定めなのです。


  恐れようと恐れまいと平等に、
  死ぬものは死ぬのです。


  もしそうなら、
  人生を思い切り信頼してみませんか?



  「根拠のない自信」は、
  人生を信頼することで生まれます。


  「私の人生に悪いことが起こるはずがない。」


  「病気になろうと、破産しようと、
   牢獄に入れられようと、
   それはすべて私のためになる。」


  もう怖いものなしです。


  不安など、近づくこともできません。


  ここがスタートです。


  ここから、あなたの人生が始まるのです。

posted by ジャンメダイ at 18:58| Comment(0) | メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月25日

人間万事塞翁が馬

 ■彼が低収入 結婚ためらう   読売新聞・人生案内より


  今日は、人生相談からです。


  相談者は、30代の会社員女性。

  4歳年下の彼との結婚についての相談です。



  付き合い始めて4年になる彼。


  同じ職場ということもあって、
  仕事面で互いに刺激しあえるし、
  気楽さを感じると言います。


  ただ付き合うのなら問題がないものの、
  彼の収入が低いことが
  結婚のネックになっていると。


  結婚後も働き続けなければならず、
  将来的にも金銭的に苦労することが
  目に見えていると言うのです。


  今の自分の生活に不満はないものの、
  専業主婦になった友人が羨ましい。


  一方で自分の年令も気になり、
  焦ってもいるようです。


  理想と現実のギャップを、
  どう整理すれば良いかという相談です。



  回答者の海原純子さんは、
  彼との結婚を後押ししてほしいという
  相談者の思いを感じると言います。


  完全に条件を満たす相手などいないのだから、
  一緒にいて楽しい人と結婚するのが一番だと。


  ただ、結婚のイメージの中に占める比重が、
  彼よりも専業主婦とか安定的な生活というのが
  大きいように感じると言います。


  まずは自分の中で、何が大切なのかを
  整理することを勧めます。


  迷いの原因を探すと、
  相談者の価値観の重要なものが見えてくると。


  本当に一緒に歩みたいと思う相手ならば、
  条件など考えず、
  迷わず決断できるとアドバイスします。



  私は、ちょっと中途半端なアドバイスだな
  と感じました。


  内面を整理してみることというのは、
  確かに重要です。


  ただ相談者は、整理した上で
  どちらも捨てがたいと相談しているのです。



  相談者が決断できない理由は簡単です。


  ほしい両方のものを手に入れるのに
  良い方法がないかと考えているからです。


  そして、そんな虫の良い方法などない、
  というのが大方の見方でしょう。


  そんなことが確実にできる方法があるなら、
  自分が教えてほしいくらいだと。


  違いますか?



  私なら、その視点を変えることだと答えます。


  両方を手に入れる必要性を捨てれば、
  本当に得たいものが得られる
からです。



  一緒にいて楽しい彼氏と結婚したい、
  つまり一緒に暮らしたいと願うのは
  どうしてでしょうか?


  専業主婦になって安定的な暮らしをしたいと
  願うのは、どうしてでしょうか?


  どうせ内面を整理するなら、
  この質問に答えることです。


  それが、本当に得たいものを
  探すことになるのです。



  その答えが出たら、
  次にこの質問に答えてください。


  そのものを得るために、
  一緒にいて楽しい彼氏と結婚することは
  必要ですか?


  専業主婦で安定的な生活でないと、
  それは絶対に得られないことですか?



  冷静に考えれば、答えはおそらくノーです。


  たしかにそれらがあれば
  都合が良いかもしれません。


  けれど必ずしもそれがなくても、
  本当に得たいものは得られるかもしれない。


  そう思えてくるはずです。



  それに、たとえば
  一緒にいて楽しい彼氏と結婚して、その後、
  彼氏の性格が変わったらどうしますか?


  浮気やギャンブルなどで、
  人が変わったようになったら?


  あるいは金持ちの資産家と結婚したとしても、
  その後で破産したらどうしますか?


  そういう可能性がないと言い切れますか?



  もし、相談者が自分で稼ぐスキルを持っていたら、
  何とかやっていけるでしょう。


  そのとき、専業主婦にならなくて良かったと
  思うのではありませんか?


  働き続けるというマイナス面が、
  その時はプラスとして評価されるのです。


  彼の浮気で関係が破綻しようと、
  彼が経済的に破産しようと、
  自分には自分で生きる力があることに
  感謝するでしょう。



  これは1つの例です。


  この世は、何が起こるかわかりません。


  必ず変化するし、その変化は、
  必ずしも自分の望むようにはなりません。



  でも、どんな変化が起ころうとも、その中で
  最高のものを手に入れることができます。


  それが、自分が本当に得たいものに
  意識をフォーカスする方法
なのです。


  どんな人と結婚するかなど、
  大して重要なことではありません。


  与えられた状況の中で、本当に得たいものを
  得られるように考えれば良いのです。


  状況は常に変化するのですから。



  その教えが、故事にある
  「人間万事塞翁が馬」なのです。


  この故事を「禍福は予測できない」とするのは、
  読みが浅いと思っています。


  本当は「出来事に本質的な禍福などない」という
  深い意味があると思うのです。



  良いことも、悪いことの種と
  考えることができます。


  逆に悪いことも、良いことの種と
  考えることができます。


  すでに起こった出来事を
  変えることはできません。


  変えられるのは、
  それに対する自分の考え方です。



  その考え方を変えさえすれば、
  その時点ですでに、
  本当に得たいと思うものを得ているのです。

posted by ジャンメダイ at 17:13| Comment(0) | メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月22日

ムダ使いをしない

 ■自己変革3つのステップ   オフィシャルWEBサイトより


  今日は、私の考え方についてお話ししましょう。



  子どもの頃、親から毎月の小遣いをもらう時、
  いつも「ムダ使いをするな」と言われました。


  神妙に「わかりました」と答えましたが、
  「ムダ」なお金の使い方とは何でしょう?


  そんなこと簡単だと思いますか?



  では、たとえば飲水を手に入れるのに、
  水道水ではなくミネラルウォーターを買うのは
  ムダでしょうか?


  水道代以外にミネラルウォーターの料金を
  余分に支払うのです。


  ムダとも言えるし、ムダでないとも言えますよね。



  少なくとも日本でなら、衛生的な飲料水を
  水道から得ることができます。


  でも、それを信用できない人や、さらに安全性や
  また別の効果を期待する人は、
  そのための飲水を必要とするのです。


  そういう人にとって、ミネラルウォーターを
  買うことは必要なこと。


  必要なことにお金を払うのですから、
  ムダ使いではないということでしょうね。



  もっと極端な例で考えてみましょう。


  大好きな父親が、どこにでもあるような小石を
  形見に残してくれました。


  ところがそれを、なくしてしまったのです。


  どうしても探し出したい。


  それで、見つけた人には100万円払うと
  懸賞金を付けることにしました。


  幸いにも小石は見つかり、探してくれた人に
  100万円を支払って受取りました。


  さて、この100万円はムダでしょうか?



  もうおわかりでしょう。


  対象となるモノに価値があるのではないのです。


  それを手に入れたいと思う人の心に
  価値がある
のです。


  つまりムダかどうかというのは、
  それぞれの人が持つ価値が決めること。


  ある人には無価値な小石でも、
  別の人には100万円の価値があるのです。



  これは、小石そのものの価値ではありません。


  その人が抱くお父さんへの愛情が、
  それだけの価値を作り出しています。


  そう、価値は作り出されるのです。



  ここで、逆もまた真なりということを
  お話ししておきましょう。


  価値を作り出し、それに見合った料金を支払う。


  それはムダ使いではありません。


  逆に料金を支払い、それに見合った価値を
  その中に見出したらどうでしょうか?


  同じことだと思いませんか?



  そうなのです。同じことなのです。


  価値があると思ったものに対して支払ったお金は、
  逆にそのモノの価値を決める
のです。



  たとえば、消費者が料金を決められるという
  八百屋さんがあったとしましょう。


  トマト1個を買って、100円を払いました。


  それが妥当だとあなたが思ったなら、
  トマトの価値は100円なのです。


  でもある人は、同じトマト1個に
  1000円を払いました。


  生産者が愛情を込めて作ったことを知り、
  その素晴らしさを称えたかったからです。



  同じトマト1個を手にした時、
  どちらの人の喜びが大きいでしょうか?


  それは、1000円を支払った人なのです。


  なぜならその人はトマトに、
  1000円の価値があると認めたから。


  100円と思っている人より、
  喜びが大きいのは当然ですよね。



  ムダ使いをしないというのは、
  そのモノの価値にふさわしい料金を支払うこと。


  もしあなたがその素晴らしさを認めたなら、
  それにふさわしい料金を支払いましょう。


  もしそこであなたが支払いをケチったなら、
  損なわれたのはあなたの中の価値なのです。

posted by ジャンメダイ at 20:36| Comment(0) | メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月20日

1年後の手紙を書く

 ■自己変革3つのステップ   オフィシャルWEBサイトより


  今日は、私の考え方についてお話ししましょう。



  「そうは言われてもねえ。」

  「理屈ではわかるけど、
   気持ちがついていかない。」


  よく、そう言う人がいます。



  こういう人は、けして天邪鬼ではありません。


  むしろ、自分に正直だと
  言うべきかもしれませんね。


  本当はそういう人も、心から納得したいのです。


  でも、自分ではどうやれば良いかわからない。


  だから悩んでいるのだと思うのです。



  気持ちが伴わないのは、たいていは
  考え方の習慣が変わっていないからです。


  考え方というのは、
  いつでも自由に変えられるように思えて、
  実はそうではありません。


  人には今まで通りでありたいという
  慣性の法則のようなものが働いているので、
  なかなか軌道修正できないのです。



  その1つの要因が、心に抱える不安です。


  その不安から逃れようとして
  何か(誰か)にしがみつく。


  これが執着とか依存と呼ばれるものです。


  自分では手放したいのですが、背後にある不安が、
  どうしてもそれをさせてくれません。



  この不安を解消するには、両面作戦が必要です。


  つまり、理論武装することと、実践することです。


  実践の中では、少しの間、
  不安を黙らせておく方法があります。


  心を癒すと言っているのがそれで、
  「鏡のワーク」というテクニックがあります。


  これは不安を解消させる特効薬ではなく、
  しばらく不安をおとなしくさせておくもの。


  不安が黙っている間に、考え方の習慣を
  改める実践
を繰り返すのです。


  それによって徐々に、不安が解消します。



  軌道修正が難しい要因のもう1つは、
  継続できないということです。


  三日坊主の例えを出すまでもなく、
  今までの習慣を変えることは大変なことです。


  相当なエネルギーが必要ですが、
  そのモチベーションが続かないのです。



  そこで、自分で自分のモチベーションを
  上げる必要があります。


  もっとも力があるのは、それをすることが
  楽しいと感じる
ことです。


  つまりその実践をすることが、
  楽しければ良いわけです。



  例えば山登りは辛いことですが、
  登る人にとっては楽しいことです。


  なぜなら、山頂に到達した時の感動
  知っているから。


  もうそれを想像しただけで、
  ヨダレが出るほどウキウキしてくるのです。



  それと同じことをしてやれば良いのです。


  それが「1年後の手紙を書く」という
  テクニックなのです。


  実は前回のメルマガは、
  そのサンプルにもなっています。


  物語の設定は、1年後に
  実際に書かれた手紙となっています。


  でもこれを、失業が迫った不安な時に
  書いた手紙と考えてみてはどうでしょうか?


  これを書くことによって、
  不安なネガティブ思考から、
  積極的なポジティブ思考へと、
  自分自身をコントロールすることができます。



  手紙は、必ずしも1通だけという
  決まりはありません。


  いくつかの結果を用意しておいて、
  それに当てはまる手紙を書くと良いでしょう。


  ストーリーは自由で、なるべく自分に
  ぴったりと当てはまるもの
がいいです。


  ただ絶対に抑えておかなくてはならない
  ポイントがあります。


  それは、自分の人生を変えてくれた誰かがいて、
  その人に感謝するという内容にすることです。


  そういうハッピーエンドの結果を決めて、
  そこまでの経緯を含めて手紙に書くのです。



  もしあなたが将来に不安があったり、
  マンネリで一歩を踏み出せないでいるのでしたら、
  ぜひこの方法をお試しください。


  1年後のハッピーな状態の自分から
  今の自分を見つめ直す。



  きっとあなたも、驚くほど
  自分が変わったと気づくはずです。

posted by ジャンメダイ at 13:29| Comment(0) | メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月18日

1年後の手紙

 ■生き方を学ぶ物語の紹介   オフィシャルWEBサイトより


  今日は、私が創作した物語をお読みください。



  こんにちは、お久しぶりですね。
  覚えていらっしゃいますか?

  早いもので、あれからもう1年になります。


  あの頃の私は、八方塞がりの状態でした。

  会社は倒産寸前の状態で、
  それが平社員の私にもわかりました。

  いつ社長から「重要な話がある」と言われるのか、
  そればかりを考えてビクビクしていました。

  私だけなら、それでも何とかなるでしょう。

  でも私には、養わなければならない
  家族がありました。

  妻はパートでわずかな小遣いを稼ぐくらいです。

  息子は大学に進学したばかり。
  まだこれから4年間、学費だけでも大変です。

  娘は高校3年生。

  これから進路を選ぶのですが、
  大学へ行きたいと言うかもしれません。

  親としては、子供の夢を叶えてあげたい。

  でもそれも、収入があってのことです。


  幸いにも親は、体に不自由はあるものの、
  年金で十分に生活ができていました。

  親の面倒まで診なくて良いのが、
  せめてもの救いでした。


  そんな事情がある中で、
  職を失うかもしれないという不安は、
  とても大きなものでした。

  慣れた環境で、いつものように
  仕事をしていさえすればもらえた給料。

  それがある日突然に、
  まったくもらえなくなるのです。

  家族にどう言えば良いのだろう?
  この先の生活はどうなるのだろう?

  不安ばかりが頭の中に巣食っていたのです。


  私がもっと若ければ、
  それもチャンスと思えたかもしれません。

  でも50歳も過ぎたオジサンを、いったい
  どこの会社が使ってくれるというのでしょう。

  ふと自分自身のことを考えてみると、
  なんら自慢できる技術もなかったのです。

  めぼしい資格を持っているわけでもありません。

  ただ与えられた仕事を、
  コツコツとまじめにこなすだけ。

  そんなことが唯一の取り柄だったのです。


  そんなときに、あなたと出会いました。

  「自分の人生を自分で決めるセミナー」

  メルマガの広告にあったそのタイトルが、
  どうしても頭から離れなかったのです。


  今まで自分は、自分で人生を決めてきただろうか?

  決めてきたと思いたいけれど、自信がありません。

  いえ、そう言い切ることが自分に対して、
  とても不誠実なように感じたのです。


  不安を抱きながら問い合わせのメールを出すと、
  あなたは丁寧に疑問に答えてくれました。

  「あなたの人生が今、そうなのは、
   過去のあなたがそれを選んだからです。」

  「そしてそれは、正しい選択でした。」

  「でもあなたは、その選択を
   無意識にしてきましたよね。」

  「今度はそれを、意識してやってみませんか?」

  「そんな人生の方が、楽しいと思いませんか?」


  私は不思議と、現実に抱えている不安を
  忘れていました。

  ひょっとしたら、何か変わるのではないか?

  何の根拠もないけれど、そう感じたのです。


  セミナーでは、
  この世の仕組や人生の意味について、
  あなたは丁寧に説明してくれました。

  理解できない部分では、様々な例を用いて、
  わかりやすく教えてくれました。

  徐々に、「これは真実かも」という
  気持ちが広がっていったのです。


  セミナーによって、すぐに私の人生が
  変わったわけではありません。

  ただ、現実を受け入れられるようになりました。

  どんなことがあっても、
  「これもまたいいじゃないか」と言えたのです。


  実際、会社は3ヶ月後に倒産し、
  私は職を失いました。

  失業手当をもらいながらの就職活動は、
  けして楽だったとは言えません。

  でも少なくとも、
  希望を見失うことはありませんでした。

  この変化は、自分にとって良いことに違いない。

  そう確信できたからです。


  息子は、自分でバイトをして
  学費を稼ぐと言ってくれました。

  新聞奨学生として、朝も夜も配達や集金など、
  大変な二足のわらじです。

  娘も兄の姿を見て、自分もアルバイトをすると
  言い出しました。

  自分の小遣いは、自分で稼ぐから大丈夫だと。


  家族って、こんなに温かいものだったのだと、
  改めて思いました。

  こんな感動が得られただけでも、この失業は
  悪いことではないと思ったのです。


  そして数ヶ月後、事態が一変しました。

  「あなたに会いたいっていう人がやってきて、
   名刺を置いて帰ったわよ。」

  私が帰宅すると妻が、そう言って
  一枚の名刺を差し出したのです。

  ある会社の代表取締役という肩書きがありました。


  翌日その方に電話をかけると、思いがけず
  「うちで働かないか」というお誘いでした。

  倒産した前の会社の社長から話を聞いて、
  その仕事を任せるのなら私がふさわしいと
  推薦されたのだとか。

  仕事の内容は、私の手にあまるもののように
  感じました。

  でも私は、何の躊躇もなく
  「私にお任せください」と言ったのです。



  私の仕事の技術が、
  目立って進歩したわけではありません。

  それは以前のままです。

  ただ1つ、明らかに変わったことがありました。

  それは「自信」です。

  何の根拠もないけれど、
  人生の愛を信じることによって生まれる自信

  それがあったから私は、人生を投げ捨てたり、
  恨みごとを言ったりすることもなく、
  家族に感謝しながら明るく暮らせました。

  そして任された仕事も、
  「きっとできるはずだ」という
  ポジティブな気持ちで取り組めたのです。


  突然やってきた仕事のオファーは、
  偶然だったのでしょうか?

  もちろん、そう考えることもできます。

  でも私は、それを必然だと思っています。

  私の人生を、私自身が決めたのです。


  こんなにも自分を変えることができたのは、
  ひとえにあなたに出会ったからです。

  本当に、ありがとうございました。



  読み終えた手紙を手にしたまま、
  Kは目頭が熱くなるのを感じた。

  「そうか。良かった。本当に良かった。」

  Kは、啓発セミナーの講師をしてきたことの、
  満足感に浸るのだった。

ラベル:物語 倒産 不安 変化
posted by ジャンメダイ at 14:02| Comment(0) | メルマガ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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